- 2025年3月17日に、私の博論本『新卒採用と不平等の社会学:組織の計量分析が映すそのメカニズム』が出版されます。
- この記事には、書籍化までの流れやそこで感じたことを記録しています
- 書籍化までのプロセスは、実際に経験してはじめてわかった部分も多かったので
- 一事例でも記録・公開しておくことで、どなたかの参考になれば嬉しいです
- なお、博論執筆までのブックガイドはこちらの記事をご覧ください
- 2025年現在における社会学分野、とくに階層・不平等領域からみた感想
- 書籍化への規範や期待、求められる形式/分量/水準は、他分野はもちろん、社会学の中でも分散があるかと思いますので、あくまで私個人の経験として読んでいただければ幸いです。
なぜ書籍化したのか
- もともとは博士論文を書籍化するか、かなり迷っていました
- 英語論文をフィールドに、多くの成果を挙げていらっしゃる先輩研究者も少なくなく、そうした方々を院生時代からとても尊敬していたからです
- しかし、最終的には、個々の論文では届かない読者層にリーチしたい、というモチベーションで執筆を決めました
- 私が普段関わっている階層・不平等領域以外の研究者、たとえば経営学分野の研究者や、採用・人事の業務に関わる実務家の方々もそうですし、
- 非研究者である家族や、地元の知人・友人も(実際に手に取ってもらえるかは別にして)念頭に置いていました
- 論文では書き切れなかった情報、あるいは複数の論文を束ねて初めて見えてくる知見について、一覧性を担保した形で公表したい、という側面も大きかったです
- もちろん、ワーキングペーパーやWebページ等で公開することもできますが、「これさえ読めば、このテーマについて著者が考えてきたことは、ひとまずすべてまとまっている」媒体がある意義は、それなりに大きいのではないかと(私は)思います
- 私の場合、企業データの選択やクリーニング、分析について、テクニカルな論点も含めて、知見と合わせて提示できる点も重要でした
- 詳しくは『新卒採用と不平等の社会学』第3章第2節を参照ください
- 2023年春に実施された「経営学系若手研究者による研究書の出版に関する研究会」のレポートは、こうした論点にも触れつつ、博論本の執筆を大いにモチベートしてくれるものでした。
- 将来のジョブマーケットを見越してというモチベーションもゼロではなかったですが、自分の中での重要度は低い方でした。
- 「博論本は研究者の就活に必要か?/を有利にするか?」は、それこそ分野・世代・勤務先・選好…などによる分散が非常に大きいように思います。
- 両極端の意見を見聞きすることもあります
- 私個人は、博論本は採用への必要条件ではないが、(良い)博論本は、実質的に採用の十分条件に近い形で機能することもある、とぼんやり認識しています。
- しかしこの認識はまったく的外れかもしれませんし(分野が違えばなおさら)、20年後にはナンセンスになっている可能性も小さくありません
- 私自身の認識が変わる可能性も十分あります
- しかしこの認識はまったく的外れかもしれませんし(分野が違えばなおさら)、20年後にはナンセンスになっている可能性も小さくありません
- 「博論本は研究者の就活に必要か?/を有利にするか?」は、それこそ分野・世代・勤務先・選好…などによる分散が非常に大きいように思います。
書籍化に向けたハードル
1. 博士論文を完成させる
- 博士論文を執筆しないと、博論本を出版することはできません。
- とはいえ、研究対象や分野、研究環境、ご家族の状況など、さまざまな事情で博士論文の完成まで長い期間を要することは往々にしてあり、そうした中でも研究を進めていらっしゃる方に、私はつねにリスペクトを抱いています
- 私の場合は、様々な幸運やめぐりあわせもあり、そこまで長期戦にはなりませんでした
- それでも4年かかっていますが
- 博士課程進学時に読んだ松井剛先生のnoteは、「博論をなんとしてでも書き上げるぞ」という気持ちにさせてくれたのを覚えています
- 1点だけ付け加えておくと、自分の周囲に、博論を書き始めたことや、その進捗を、適宜伝えておくことは意外と有効かもしれません。
- 執筆が進まないときでも、「そういえば博論はどうなりましたか?」と周りに言ってもらうことで、リスタートするきっかけになるので
- 博論提出の前にさきほどのブックガイドを公開したことは、そうした意図からでした。
- 「あんな記事を出したのに、まだ博論進んでないの?」と言われないように頑張るため
- 実際に言われたことは一度もありません、念のため
- 「あんな記事を出したのに、まだ博論進んでないの?」と言われないように頑張るため
2. 出版先を見つけて交渉する
- 出版先が見つからないと、博論本を出版することはできません。
- ですが、「どうやって見つければよいのですか?」という質問に、ストレートに答えることは、いくつかの理由で難しいです。
- 研究者によっていろんなパターンがあり定式化できないというのもそうですし、その多くが他の研究者や編集者の方を介したネットワークに依存している点で、なかなか公にしづらいという理由もあります。
- 観測する限りでは、やはり指導に関わる先生、あるいはすでに書籍を刊行された先輩研究者からの紹介が、もっとも一般的なのではないでしょうか
- 私自身もこのパターンです
- さきほどの博論執筆で述べたことと重なりますが、書籍化を検討していることを、周囲の先生方、あるいは学会等でお会いする先輩研究者の方々にお伝えしておくと、思わぬところで話が舞い込んだり、という可能性は高まるように思います。
3. 出版助成に応募する
- 出版助成が得られないと、博論本を出版することはできません…ということはないのですが、実際には、助成がないと出版までのルートはかなり限られるように思います。
- 資金面はもちろん、内容への「お墨付き」として機能する側面もあるので
- (1) 出身大学院や勤務先の助成、(2) 科研費の研究成果公開促進費、(3) 民間の出版助成、の3つが主な選択肢かと思います。
- 私は(1)東京大学の学術成果刊行助成で刊行しました。
刊行までの流れ
●博論提出後1年目
2023年2月 博士(学術)
2023年4月〜5月 出版企画の概要を作成
2023年9月 出版社2社に博論本の刊行についてご相談
2023年10月 ミネルヴァ書房にお願いすることに→社内決裁
2023年10月 出版助成への応募
- 博論提出後に、出版企画の概要(企画書)を作成しました
- 博論提出直後は、自身の「博論世界」にどっぷり沈んでいる感じがありましたが、企画書によって引きの視点に戻れるというか、書籍として見たときのアピールポイントや修正箇所が見えてくる感じがありました。
- その後、出版助成の締切に合わせて、2社の編集者の方のお話を伺い、ミネルヴァ書房から刊行することになりました。
- 最終的に出版をお願いするかどうかにかかわらず、ここで複数の編集者の方にご相談できたことは、プロの編集者からみた自身の議論の見え方を知るという点でも、それまでほとんど知らなかった出版業界のあれこれを教えていただける点でも、とても有意義な機会でした。
- 少しずつ改稿していたものの、内容に関する作業は、1年目はほとんど行っていませんでした。
●博論提出後2年目
2024年4月 在外研究でオランダへ(〜6月)
2024年4月 出版助成の採択通知
2024年6月〜7月 何人かの先生方に博論の一部をお送りし、コメントいただく→改稿方針の決定
2024年7月 アメリカへ移動(〜11月)
2024年7月〜10月 すべての章について改稿
2024年10月中旬 初稿提出
2024年11月下旬 初校受け取り
2024年12月上旬 帰国
2024年12月中旬 初校返し
2024年12月下旬 再校受け取り
2025年1月上旬 再校返し
2025年2月上旬 校了
2025年3月17日 発売
- 2024年度は在外研究でバタバタしていましたが、6月〜7月にかけて、何人かの先生方に博論の一部をお送りし、大変丁寧なコメントをいただけたことで、改稿方針が定まりました
- アメリカ移動後の7〜10月に、集中的に改稿作業を行いました
- この時期は、可処分研究時間の大半を博論本に充てていました
- 博士論文を加筆修正したものが博論本というイメージがありましたが、実際には何を削るかも、何を加えるかと同じぐらい重要です
- 前提として、博士論文と博論本は、目的が異なる媒体です。博論本の目的が、(とても広い意味で)読者とのコミュニケーションであるのに対し、博士論文は博士号を取得するために書かれる文章だからです。
- 結果として、博論審査の過程で加えたパーツや文章が、読者とのコミュニケーションを阻害する方向に働く、平たく言えば、初見の読者には読みにくくなってしまうことがあります。
- 当然、これは審査員の先生の責では全くなく、文章が書かれる目的の違いによるものです
- いったんは「完成品」と認められた博士論文から、リーダビリティをより高めるために、パーツを削除・移動・再構成させていく作業は、思った以上に骨の折れるものでした
- 日本語を1人でぶつぶつ喋りながら、インディアナ大学のキャンパスを歩き回ったことも、一度や二度ではありません
- 内容的な修正の他に、文体の修正も必要だったことは、自分にとっても発見でした
- 博論本の実証分析パートは、過去の投稿論文を加筆修正したものなのですが、とくに昔に書いた文章ほど、過剰にスローかつディフェンシブに感じられ、本全体のトーンと合わせて修正する作業が必要でした
- 「あとがき」にも書きましたが、当時の文章は、何かに(査読者に?)怯えているような印象で、読み返して思わず苦笑しました
- 有田伸先生が、ご自身の博論本を英訳される際に、当時の文章を読み返して「自分自身が見てもイライラしてしまうほどに慎重で(笑),ややまわりくどい部分も多かったので,それらをできる限りシンプルにしていく作業の方が大変だったかもしれません.」とおっしゃっていて、大変勝手ながら共感とともにこのインタビューを読みました
- とはいえ、私の博論本についても、論の運びがまだ慎重すぎると、他の読者、あるいは十数年後の私は感じるかもしれません。
書籍化してよかったこと
- この記事を書いている時点では、この項目をまだ埋めることはできません
- 刊行からある程度時間が経ったあとで、ここを加筆できる程度には「よかったこと」を実感できているといいなと思います
- 「なぜ書籍化したのか」にも書いた通り、幅広い読者の方から反応をいただけたり、本書の議論に何かしら接続していただけるならば、それに勝る喜びはありません
- 終章の最後の1文も、こうした意図のもとで書かれています
『新卒採用と不平等の社会学:組織の計量分析が映すそのメカニズム』は3月17日発売です。どうぞお手に取っていただければ幸いです。