数実先生より『学力格差の拡大メカニズム』をご恵贈いただきました。ありがとうございます。

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 「なぜ学力格差は維持・拡大するのか」という問いを、「マタイ効果」を手がかりに検討した著書です。2,3章では、小中学生を対象とする縦断調査の分析から、1) 学力と学習意欲の間には、双方向の因果関係があり、ある時点の学力格差が拡大・増幅するメカニズムが確認されること、2)こうしたマタイ効果による悪循環は、SESが低い層で顕著であることが示されます。

 後半の4,5章では、冒頭の問いの背後にある前提が、改めて検討されます。4章では、公立中学校のフィールドワークを通して、現場でどのような平等観が想定されており、それが学校でのいかなる実践に帰結しているが論じられます。5章では、「学力」「格差」といった根本概念の意義が、規範的に問い直されます。


 この本の大きな特徴は、学力格差に関する実証分析だけでなく、理論的・規範的な検討にも相応の紙幅が割かれている点にあると思います。私は、そこにある種の誠実さを感じました。おそらく、定量分析の結果を「手堅く」まとめるだけでも、十分に有意義な書籍になったかと思います。しかし、「自分の研究の背後にある規範的前提(学力は重要だ、学力格差は是正すべきだという価値判断)」(p.218)への疑問――これは、(私を含め)多くの実証研究者が感じ、そして忘れていく類の疑問だと思いますが――に正面から向き合い、その思考の軌跡が実証分析とともに提示されています。この点が、この本の特筆すべき部分だと感じました。

 本書の後半で提示される論点は、次の実証分析の可能性にも開かれているように思います。たとえば、6章で示される「充分主義」や、それに対してマタイ効果による個人差の広がりがもつインパクトは、分位点回帰でより具体的に検証できるかもしれません。そうした新たな研究の可能性に気づくきっかけになる点でも、勉強になった本でした。

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